2025年4月、日本国内でAndroid端末が低軌道(LEO)通信衛星と直接つながるDTC(Direct to Cell / D2C)が商用サービス化されました。 DTCで先行していたiOSの緊急通報とは利用衛星もサービス性質も大きく異なります。 Android 15にはDTCの初期サポートが追加され、アプリ開発者が通信衛星への接続状態を取得できます。 「スマホ圏外が無くなる」というインパクトは大きく、山や海のレジャーから減災まで幅広い用途が期待されています。 多くの方はまず実用性に関心があるのではないでしょうか。そして、新たな通信手段をアプリにどう活用できるかという関心も高いでしょう。 本セッションは、スマホと人工衛星の直接通信(DTC)によってアプリの限界を広げることに関心がある方を対象とします。 発表者がスマホ圏外から家族や友人へ安全のための位置情報を共有するサービスを開発する中で得た実フィールドでの実用性、現状のDTCが持つ制約の中でそのポテンシャルを最大限に引き出すアプリ開発者視点での取り組み結果、特に通信を確立してスマホ圏外での活動の安全へ役立てるための工夫の数々を紹介します。 下記は紹介予定トピックの一部です。 登山用の圏外安否情報共有ツール、仮称「anzenmap」の試作・開発を通じて30時間程度の検証登山を実施しました。 現状日本国内唯一のDTC対応サービスであるau回線は、衛星の電波を適切に掴んでいる状態ならあっさりとSMS送信に成功します。 アンテナピクトの🛰マークを見なければ衛星接続中と気付かないほどスムーズです。 しかし、まだ安定した通信手段ではありません。秒速10kmで移動する基地局という特殊性のため、周囲を建物や山々に囲まれた環境で通信可能状態を数分間続けて保てるタイミングは少ないです。 DTC対応衛星はまだ最終的な想定数の10%程度であり、そもそも視界に衛星が存在しないことも多いです。 「現在通信できそうか、数分間待たなければ通信できないのか」という正確な判断が実用性を大きく左右します。 Android 15では「衛星に接続されているか否かを取得できる」ようになりましたが、実地検証の結果この情報にあまり頼れないこともわかりました。 anzenmapは利用者の位置情報を定期的に所定フォーマットで自動SMS送信します。このため到達性は重要な要件です。バッテリー効率を重視しつつ現時点のアプリ開発者が出来る範囲で最大限に衛星の電波を掴むために、肉眼では見えない通信衛星と利用者との位置関係を適切に把握できるようにしました。 - 自身の視界内に衛星があるか否かを衛星軌道計算によってオフラインで判定する - 自身の周囲の地形によって衛星との通信が失敗しうることを国土地理院の標高タイルを用いて判定する これらを組み合わせて適切な通信スケジューリングを実現し、あわせて通信経路確保のためにSMSゲートウェイを構築して山梨県・栃木県の山中で検証した結果、端末のバッテリー消費を含めて十分に実用的といえる水準まで到達しました。 最後に、DTCがアプリ開発にもたらす変化の展望を簡単に共有します。 - 「通信が通常よりも安定しないかもしれないから少ないデータで出来る範囲のことをやろう」という判断 - 「スマホ圏外だけど今なら衛星につながっているかもしれないからデータアクセスで最重要なものをやろう」という判断 過渡期にはどちらもあり得ます。 皆様のアプリが衛星直接通信と向き合う一助になると幸いです。
muo muo-ya
- スマホと人工衛星の直接通信(DTC)によってアプリの限界を広げることに関心がある方 - Android SDKの利用経験(あると望ましい、なくても内容理解の上では問題ない) - Pythonコードの読み書き経験(あると望ましい、なくても内容理解の上では問題ない) - 500km先を10km/sで移動する基地局と通信することにワクワクする方